みはるかす

糸紡ぎ、本と日々のこと(in NZ)

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NZの子ども

昨日、夫がアフタースクール(学童みたいなもの)の、バイトの面接を受けてきました。


で、話を聞いておもしろかったのは、日本の子どもたちとの違い。


NZは、「子どもを叩いてはいけない」という法律があるのと、

子どもはのびのび育てるべき、という考え方があるせいか、

子どもたちはほんとに大らかなのですが、昨日もそんな感じだったようです。



恥ずかしい、とか、モラル、っていうのがあまりないせいか、

10歳近くの女の子であっても、スカートはいてるのに、パンツ丸出し(笑)。

夫が坐ってもう一人の先生と話していると、次々に子ども(10歳くらいまで)が、

ひざに腰かけてきたそうです。(初対面なのに!)


それから、6歳くらいの男の子は、

「ねえねえ、ひげを触ってもいい?」

と言って、夫のひげにずっと触っていたそうです(笑)

(夫はひげを伸ばしているわけではないのですが、剃り跡を触って楽しんでいたらしいです)



いやいや、国が変わっても、子どもってすごいですねえ~~。



でも不思議なのは、NZは大らかでのんびりな国ですが、人口対比の自殺率は、実は一番高いそうで。

(と、NZ人の友達は言っていました)

日本とは違うストレスがあるんですかね。


そういえば、福祉も充実して、生まれてから死ぬまで守られている北欧も、自殺率が高いそうですね。


なんか人間って、結局自我に巻き込まれている限り、苦しいのはどこも一緒なのかも、と思いました。

(考えてみたら、ブッダもそうか・・)
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  1. 2012/08/23(木) 20:51:54|
  2. NZの毎日
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自分の存在について


お久しぶりです。

相変わらず、法話を聞いて、心の勉強をしつつ、坐禅をしています。


ふと今日思ったこと。

自分の存在について。


存在、してるんですよね~。今ここに。

こうやって手を動かしてパソコンを打って、思考を言葉にしている。

(読んでいる方は、目を動かして、言葉を読んでいる・・・)


あれこれジャッジをする自我(超自我)は、

「もっとがんばれ!」「そんなんじゃだめだ!」「負けるな!」

「存在価値がなくてはいけない!」「認められなければいけない!」と、あれこれ一生懸命ですが。



そのず~~っと前に、生きてる。

いつかは死ぬ。確実に。例外なく。

でも今は生きてる。



そして、この「私」は、一人しかいない。

日本にいたって、海外に来たって、自分とそっくり同じ人間なんてどこにもいない。

この顔、この身体、この声、この性格。

個性。

これが自分。

それってなんとすごいことだろうと、思いました。



ふと、好きだった詩を思い出しました。


            

            ぼくが ここに
                   まど・みちお

         ぼくが ここに いるとき
         ほかの どんなものも
         ぼくに かさなって
         ここに いることは できない

         もしも ゾウが ここに いるならば
         そのゾウだけ

         マメが いるならば
         その一つぶの マメだけ
         しか ここに いることは できない

         ああ このちきゅうの うえでは
         こんなに だいじに
         まもられているのだ
         どんなものが どんなところに
         いるときにも

         その「いること」こそが
         なににも まして
         すばらしいこと として



いやいや、すごいことですね。

生きているというのは。
  1. 2012/08/15(水) 20:59:39|
  2. ものの見方
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